2018-01-03

Johann Nepomuk Rieger - Fugue from Exercices Op.49

Johann Nepomuk Rieger (Jean-Népomucène Rieger, Germany, 1787 - 1828) - Exercices en forme de préludes, Op. 49 (Dédié à Monsieur W. Willams Hope); Fugue. Alegro moderato in D major

ドイツ出身の作曲家・ピアノ奏者、ヨハン・ネポムク・リーガー (ジャン・ネポミュセーヌ・リーゲル) 作曲「前奏曲集の形式によるエグゼルシス集 Op. 49」より終曲のフーガ ニ長調を弾きました。初歩のエグゼルシス、音階、3つの前奏曲、8つのエグゼルシス、1つのフーガからなる曲集です。

ベルリンに生まれたヨハン・ネポムク・リーガーは、1811年にパリに移住し、41歳となった1828年にパリで亡くなりました。

出典: Fétis, François-Joseph (1837). Biographie universelle des musiciens et bibliographie générale de la musiqueBiographie universelle des musiciens et bibliographie générale de la musique, vol. 7. Bruxelles: Meline, Cans et Compagnie. page 426.

2017-12-20

150th Birth Anniversary of Fini Henriques

Fini Henriques (Denmark, 1867 - 1940) - Erotik, Klaverstykker, Op. 15 (1896); No. 1. Mélodie. Andantino (F major)

今日はデンマークの作曲家・ヴァイオリン奏者、フィニ・ヘンレゲス生誕150年の誕生日です。今回はヘンレゲス作曲「愛の歌、ピアノ小品集 Op. 15」(全5曲) より第1曲「メロディ ヘ長調」を弾きました。姓についてはデンマーク語の発音ではヘンレゲスに近い発音になるようですが、日本語ではヘンリクスの表記が広まっています。

フレゼレクスベア (Frederiksberg) に生まれたフィニ・ヘンレゲスは、コペンハーゲンでヴァルデマ・トフテ (Valdemar Tofte, 1832 - 1907) とヨハン・スヴェンセン (Johan Svendsen, 1840 - 1911) に、1888年から1891年にかけてベルリンでヨーゼフ・ヨアヒム (Joseph Joachim, 1831 - 1907)とヴォルデマル・バルギール (Woldemar Bargiel, 1828 - 1897) に師事しました。その後はコペンハーゲンで活動しています。

同時代のコペンハーゲンには同姓のローバート・マーティン・ヘンレゲス (Robert Martin Henriques, 1858 - 1914) という作曲家がいます。以前にローバート・ヘンレゲス没後100年の記念に彼の「瞑想、新市庁舎の塔の鐘の動機 H-A-G-E による前奏曲 Méditation, prélude sur H. A. G. E.」の演奏動画を投稿しました。

2017-12-18

150th Birth Anniversary of Samuil Maykapar

Samuil Maykapar (Самуил Моисеевич Майкапар ; Самуїл Мойсейович Майкапар, Ukraine, 1867 - 1938) - Pensées fugitives. Suite de six Esquisses pour piano, Op. 11 (Leipzig: Zimmermann, 1912); No. 6. Cantabile (B major)

今日はウクライナ出身の作曲家サムイル・マイカパル生誕150年の誕生日です。今回はマイカパル作曲「束の間の思い、6つのエスキスからなる組曲 Op. 11」より第6曲を弾きました。終曲となる第6曲はロ長調の曲ですが、終結部で第1曲 Allegretto grazioso イ長調を回想してその調のまま終わります。

ヘルソンに生まれたサムイル・マイカパルは、タガンログでガエターノ・モッラ (Gaetano Molla, 1845 - 1894) に師事したのち、1885年にペテルブルク大学法学部とペテルブルク音楽院に進学しました。大学法学部は1891年に卒業し、音楽院ではベニアミーノ・チェージ (Beniamino Cesi, 1845 - 1907) とヴラディーミル・デミャンスキー (Vladimir Demyansky, 1846 - 1915) とI.ヴェイス (И. Вейс) にピアノを、ニコライ・ソロヴィヨーフ (Nikolay Solovyov, 1846 - 1916) に作曲を師事し、1893年にピアノ科を、1894年に作曲科を卒業しました。その後はヨーロッパ各地でピアノ奏者として演奏会を開きながら、1898年までヴィーンのテオドル・レシェティツキ (Theodor Leschetizky, 1830 - 1915) にピアノを師事し、1903年以降はモスクワを活動拠点としました。1910年には母校のペテルブルク音楽院 (1924年にレニングラード音楽院に改称) でピアノ教師となり、1917年から1930年まで教授を務めました。