2017-05-13

Vladimir Artynov - Élégie, Op. 3 No. 4 'Le jour'

Vladimir Yevgenyevich Artynov - 4 Élégies, Op. 3; No. 4. Le jour. Moderato (F minor)

ヴラディーミル・エフゲーニエヴィチ・アルティーノフ作曲「4つの悲歌 Op. 3」より第4番「昼 ヘ短調」を弾きました。ユルゲンソンのプレート番号 (37465-37468) からすると、1914年頃に出版された楽譜のようです。

モスクワのロシア国立図書館には、独唱とピアノのための2つの歌曲集 (中声のための3つのロマンス Op. 1, 4つの詩 Op. 2) が所蔵されています。 この悲歌集は Op. 3 ですから、作品番号の付いた彼のピアノ曲としては最初に出版された曲集ということになるでしょう。

この曲集の各曲にはそれぞれ一日のうちの時間帯を示す言葉が副題として付けられていて、「夕べ Вечер ; Le soir」「夜 Ночь ; Le nuit」「朝 Утро ; La matin」「昼 День ; Le jour」と順に並んでいます。また、各曲はそれぞれセルゲイ・タネーエフ (Sergey Taneyev, 1856 - 1915)、ニコライ・ジリャーエフ (Nikolay Zhilyayev, 1881 - 1938)、アレクサンドル・グレチャニノフ (Aleksandr Grechaninov, 1864 - 1956)、コンスタンチン・イグームノフ (Konstantin Igumnov, 1873 - 1948) に献呈されています。タネーエフとそのモスクワ音楽院での教え子たちですね。

題辞として各曲に副題にちなんだ詩が楽譜に書かれていました。第4番「昼」のものは以下に示すとおりです。

Ярко светит солнце. Всюду жизнь и все цветет...
Но я один... Душа тоскует. Эта окружающая радость Дня только усиливает мою грусть... Я не верю Солнцу...
Мне грустно... Я один...

ヴラディーミル・アルティーノフの経歴については断片的な情報しか見つかりませんでした。1907年から1908年までセルゲイ・タネーエフから対位法の個人レッスンを受けていたこと (Сергей Иванович Танеев - Sergey Ivanovich Taneyev) からすると、4人の被献呈者は彼の師と兄弟子たちということになります。また、1913年にモスクワで作曲の教師をしていて、音楽学者ゲオルギー・ポリャノーフスキー (Georgy Polyanovsky, 1894 - 1983) を指導していた (Марина Раку "Музыкальная классика в мифотворчестве советской эпохи", p. 461) とありました。

2017-05-11

100th Death Anniversary of Otto Klauwell

Otto Klauwell (1851 - 1917) - 3 Stücke in Kanonform, Op. 38
No. 1. Präludium Es-Dur. Langsam

No. 3. Romanze E-Dur. Getragen und ausdrucksvoll

今日はドイツの作曲家オットー・クラウヴェル没後100年の命日です。今回はクラウヴェル作曲「カノン形式による3つの小品 Op. 38」より第1曲「前奏曲 変ホ長調」と第3曲「ロマンツェ ホ長調」を弾きました。

作曲家・ピアノ教師であったアドルフ・クラウヴェル (Adolf Klauwell, 1818 - 1879) の甥であったオットー・クラウヴェルは、プロイセン王国のバート・ランゲンザルツァ (Bad Langensalza) に生まれました。1865年から1870年までプフォルタ学院 (Schulpforta) に在学。普仏戦争 (1870-1871) に従軍したのち、1871年にライプツィヒ大学に入学して数学と自然科学を専攻したものの、1872年からライプツィヒ音楽院でエルンスト・フリードリヒ・リヒター (Ernst Friedrich Richter, 1808 - 1879) とカール・ライネッケ (Carl Reinecke, 1824 - 1910) に師事。 1874年に学位論文 Die historische Entwicklung des musikalischen Kanons (カノンの歴史的発達) で博士号を取得。1875年にはケルン音楽院 (現在のケルン音楽大学) でピアノ、作曲、音楽史の教授となりました。

2017-05-05

150th Birth Anniversary of Karl Thiessen

Karl Thiessen (Germany, 1867 - 1945) - Mazurka, Hommage à Grieg

今日はドイツの作曲家・ピアノ奏者、カール・ティーセン生誕150年の誕生日です。今回はティーセン作曲「マズルカ イ短調、グリーグを讃えて」を弾きました。楽譜は1907年に出版された「新音楽新聞 Neue Musik Zeitung 」に掲載されています。

キールに生まれたカール・ティーセンは、1888年よりヴァイマルの大公音楽オーケストラ学校 (Musik- und Orchesterschule, 現在のフランツ・リスト・ヴァイマル音楽大学) でカール・ミュラーハルトゥング (Carl Müllerhartung, 1834 - 1908) にピアノと対位法を師事。ヴュルツブルク王立音楽大学でカール・クリーベルト (Karl Kliebert, 1849 - 1907) に管弦楽法と指揮をマックス・マイヤー=オルバースレーベン (Max Meyer-Olbersleben, 1850 - 1927) に音楽理論を、ファン・ツァイル (van Zeyl) にピアノを師事しました。東フリースラント地方のエムデン、アウリヒで合唱指揮者となり、1897年よりツィッタウで活動しています。以上の経歴は Hermann Fey: Schleswig-Holsteinische Musiker. Ein Heimatbuch, Hamburg (Carl Holler) 1921, pages 113-117 を出典とするドイツ語版ウィキペディアに書かれていたものです。